今日は短編集第2弾です。
イタリアが観光業の再開に向けて、ワクチン接種が済んだ、あるいはコロナから回復したことを証明する「グリーンパス」を発行しようとしているという話(Green pass in Italia e nuove regole sulla quarantena: la spinta di Draghi per il turismo)。EUでもほぼ同じものを進めていますが、イタリアでは一足先にそれをやろう、というのです。この「グリーンパス」自体については次回改めて扱うとして、今回は、3つの文法事項を取り上げるのと、土肥先生による「コロナ禍におけるイタリア入国」経験談をお届けします!
先行詞のない関係詞節
L’obbligo di quarantena per chi entra in Italia per turismo è destinato a cadere il 15 maggio, perché il ministro della Salute Roberto Speranza non rinnoverà l’ordinanza.
(Corriere della Sera, 5 maggio 2021)
観光のためにイタリアに入国する人の検疫義務は5月15日に終了する予定になっている。ロベルト・スペランツァ保健相は該当する条例を延長しない見通しであるためだ。
chiは初登場ですね。どんな特徴があるのでしょうか。
第34回にも書いた通り、関係詞節というのはふつう、主節と従属節双方の動詞に関連して役割を持つ先行詞が存在することがその特徴でしたね。なので、先行詞が存在しないというのはわりと特殊な性質です。同じような関係詞節を作る要素はchiのほかにquantoや-unqueのつく一連の表現(chiunque, dovunqueなどなど)ですが、ある意味でこれらの要素が先行詞としての役割も兼任しているわけですね。こういう関係詞節のことを「独立関係詞節」relativa indipendenteと言うことがあります。
学習者としてチェックしておきたいのは、主節と従属節で独立関係詞節が持っている役割についてでしょうか。関係詞節の先行詞は主節と従属節でそれぞれ特に制限なくどんな役割でも持てるのですが、独立関係詞節はそうでない場合があります。具体的には従属節において前置詞をつけて表される役割を持っている次の文のような場合で、このようなケースでは主節でも同じ役割でないといけません。この文のchiで表されている人は、主節の動詞dareに関しても従属節の同じ動詞dareに関しても間接目的語ですね。
Lo do a chi voglio darlo. (Salvi & Vanelli 2004: 291)
私はそれをあげたい人にあげる。
正書法シリーズ
Per contrastare la concorrenza, Palazzo Chigi gioca d’anticipo e prova a superare in corsa gli altri Paesi europei: se il green pass Ue arriverà nella seconda metà di giugno, la carta verde italiana sarà pronta «dalla seconda metà di maggio».
(同上)
競争に競り勝つために、パラッツォ・キージ(首相官邸)は先回りして、他の欧州諸国に先んじようとしいている。仮にEUのグリーンパスが手元に届くのが6月後半になるのなら、イタリアのグリーンカードは「5月の後半以降に」準備する、というのだ。
EUに見慣れているせいなんですが、「Ueなのか・・・」と思うし、時々「ue」もありますよね。CEOが「Ceo」や「ceo」になっているのも見るし、BBCが「Bbc」になっているの見たときは「え、固有名詞も?」と思いました。イタリア語という言語はアルファベットの大文字を連続して並べるのが好きではない?
イタリア語ではsiglaと言ったりします。これ自体は単なる個人的な感想なんですけど、イタリア人ってSNSなんかを含む普段の文字によるやりとりだと名前すら大文字で始めなかったりして、そんなに小文字が使いたいんだろうかって思うことがあります。これはイタリア語をどう書くかの問題なので、第32回でも扱った正書法ortografiaに関するテーマですね。
頭字語の大文字・小文字に関しては特に規範としてのルールはないのですが、特にUe(Unione Europea「欧州連合」)のようによく使われるものに関しては、この記事にあるように最初の一文字だけ大文字というのが一番よく見るパターンです。さらによく使われるものはもはや頭字語であることが話者にとって不透明opacoになって(第26回)、全て小文字で書かれるのが当たり前になります。こうなった語には、radar「レーダー」とかufo「ユーフォー」がありますね。また、もう一つ影響があるのが文章の種類で、かたい文章になるほど全て大文字で書かれることが多いです。科学論文なんかでは、UEと書かれているものをよく見ます。
ちなみに昔の正書法ではそれぞれの文字の後にピリオドを置くことになっていたりしますが(C.I.S.L.「イタリア労働組合連盟」など)、これは今はほとんどお目にかかることはありません。
未来における完了したことを表す過去形
Coprifuoco e turismo, la Lega: «Se non si riapre sarà un disastro»
La Lega è in pressing, con Matteo Salvini che «si aspetta» la fine del coprifuoco il 10 maggio e con il sottosegretario ed ex ministro del Turismo Gian Marco Centinaio che, intervistato dal Giornale d’Italia, attacca: «È già tardi, ma se non si riapre entro metà maggio il disastro è fatto. Avremmo fatto peggio di Conte».
(同上)
夜間外出禁止と観光業について、「同盟」は「もし(夜間外出禁止を緩和し)(観光業を)再開しなければ、ひどいことになる」と述べている。「同盟」は圧力をかけ、(党首の)マッテオ・サルヴィーニは5月10日の夜間外出禁止令の解除を「待って」おり、政務次官で元観光大臣のジャン・マルコ・チェンティナイオは、「ジョルナーレ・ディターリア」のインタビューで次のように批判している。「すでに遅いのです、もし5月中旬までに再開しなければ悲惨なことになります。(前首相の)コンテのときより悪かったということになるでしょう」。
仮定法かなと思ったのですが、なぜ「過去」なのかがわかりませんでした。
元の記事が出たのは5月はじめで、5月中旬はこの時点では未来の話ですね。条件法過去が出てくるといわゆる「過去における未来」の用法を疑いたくなりますが、この文における基準となる時点は文脈からいって、metà maggio「5月中旬」なので未来ですね。ちなみにこれは第12回と同様に、基準となる時点が文の中ではなく文脈によって示されているケースですね。これまた文脈からいって「コンテの時より悪い」のは5月中旬より前(と、5月中旬現在)で、「5月中旬までに再開しなかったら、コンテの時より悪かったということになる」という論理の展開だと思われるので、問題の文が表す出来事は基準となる時点に対して過去のことです。この文は、「未来における過去」ですね。
とりあえず条件法が使われているということは忘れて、このことを元にして考えてみます。未来における過去というのはふつう、過去未来(avremo fatto)で表されますよね。なんで普通の過去形なんでしょうか?
実は、特に話し言葉では、未来における過去はふつうの過去形(すなわち、直説法なら近過去)で表されることがしばしばあります、Treccani(https://treccani.it/enciclopedia/indicativo-passato-prossimo_(La-grammatica-italiana)/)から、次の文のようなものですね。
Appena abbiamo finito (= avremo finito) la scuola, andiamo (= andremo) tutti in vacanza
学校が終わったら、みんなバカンスに行く。
こう考えると、過去形なのは単に未来における過去という時を表しているに過ぎないようです。条件法なのは、(5月中旬までに夜間外出禁止の緩和がなされないことを条件として結実する)可能性として「コンテの時より悪い」という出来事を提示しているからですね。別の見方をすると、出来事の提示の仕方と関連して条件法を使いたいのに対して、未来形が直説法にしかないので、仕方なく条件法過去の形が出てきていると言ってもよさそうです。
【+α】コロナ禍におけるイタリア入国
僕(土肥)は4月1日にイタリアに入国したのですが、当時はイタリアの状況がワクチンキャンペーンのおかげで劇的に改善し始める直前で、全土ロックダウンの最中でした。日本人からは「今行くの…?」、イタリア人からは「今来るの…?」と言われながらの渡航だったわけですが、全体的な感想としては「思ったよりあっさり入れた」というものです。
イタリアは2021年6月には日本からの観光客も隔離期間免除で受け入れる方針なのでこの経験談が役に立つかは怪しいですが、これからイタリアに留学したいと思っている方を主に念頭において渡航にあたって気をつけていたことを書いておこうと思います。
まずビザの取得については、コロナ禍における影響はほぼないと言い切っていいように思います。少なくとも僕のとった研究ビザは、拍子抜けするほどあっさりもらえました。コロナ禍の影響を感じたのは、大使館のビザセクションが完全予約制になっていたことくらいでしょうか。イタリアは最も厳しい制限をしていた時期でも学業のための入国は認めていて、これが今後認められなくなることは考えづらいと思います。このあたりに関しては、イタリア語や英語での情報収集に不安がある方でも在イタリア日本大使館のページ(https://www.it.emb-japan.go.jp/itpr_ja/covid_19.html)で最新の情報を得ることができます。
ビザの他に気をつけるべきことは、航空券ですね。コロナ禍の影響で、特にそこまで大きくない地方空港行きの飛行機はキャンセルされるリスクが高く、イタリアのどこが最終目的地になっているとしても、ローマやミラノから入国するのが無難という印象です。その場合には自分で確保しなくてはいけない隔離場所が問題になると思うのですが、これに関しては留学生なら大学の担当者に相談するしかないですね。
もう一つチェックしておきたいのが、飛行機の経由地です。イタリアへの直行便は早くても7月以降にならないと再開されない見通しだし、そもそも値段の関係で乗り継ぎ便を選ぶ方が多数派だと思います。経由地がシェンゲン協定の加盟国(例外はありますが、「ヨーロッパの国」くらいの認識で大丈夫です)である場合には、経由地で入国審査を受けなければいけないので、念のために経由地の日本大使館のサイトで乗り継ぎのための入国を認めているかを確かめておくと良いと思います。といっても、入国ビザを持っている人の乗り継ぎ入国を拒否している国は僕の知る限りないので、ヨーロッパで乗り継ぎをする限り(そしてビザを取得して渡航する限り)、これに関しては神経質になる必要はないかもしれません。
また、シェンゲン協定の加盟国でない場所で乗り継ぎをする場合にはイタリアで入国審査を受けることになるのですが、この場合には出発地(日本)に加えて経由地に対する規制が上乗せされるということを頭に入れておくべきだと思います。これは要するに、経由地の国からの入国者として予期しない規制を受ける可能性があるということですね(ビザがあれば入国拒否はまあないのかなあと思いますが…)。これを避けるために、経由地に対するイタリアの規制の情報を得ておくことをおすすめします。これに関しては日本語で情報を得ることは困難なので、イタリア保健省のサイト(https://www.salute.gov.it/portale/nuovocoronavirus/dettaglioContenutiNuovoCoronavirus.jsp?lingua=italiano&id=5411&area=nuovoCoronavirus&menu=vuoto)等を参照しながら自分で判断できる方向けですね。
こうして書くとハードル高めに思えるかもしれませんが、きちんと準備すればコロナ禍においても留学をはじめとするイタリアへの渡航は可能です。特に学生の方にとっては、留学の機会は人生で何度もあるものではないですよね。コロナだからと諦めないでほしいと思います。