Grammatica+  上級へのイタリア語

[第19回]主語繰り上げ〈sembrare+不定詞〉/“不死鳥”ザナルディ①

今回は元F1ドライバーでアスリートのAlex Zanardi(アレックス・ザナルディ)についてのニュースです(ザナルディについては[+α]で取り上げています)。昨年、ハンドサイクルという競技のレース中に大事故に遭い、意識不明の重体に陥っていたのが、最近になって「再び意思疎通ができる状態になりつつあるようだ」という内容の朗報です。以下に出てくるManniはザナルディの妻です。

“Lui fa delle cose, ma non sempre – ha detto Manni – Ci sono stati dei momenti in cui quelle cose effettivamente venivano fatte. Ci sono stati dei passi avanti, e ci sono stati dei passi indietro. Il suo è un percorso molto lungo”, ha detto Manni. Zanardi sembra riconoscere le persone che gli stanno vicine e riesce a comunicare a gesti con loro.

Il Fatto Quotidiano, 14 Gennaio 2021)

「彼(ザナルディ)はいくつかのことはやりますが、いつもではありません」とマンニは言った。「そういったこと(=意思疎通)が実際にできている時もあります。一進一退です。夫はとても長い道のりを歩んでいるのです」とマンニ。ザナルディは近くにいる人間を認識し、身振りでその人たちと意思疎通を図ることができているようだ。

 

sembrareって直後に不定詞をとれるんだっけ?

というのが今回の私の疑問です。実はこの形、前回扱ったマフィアの記事にも出てきていました(取り上げたのとは別の箇所ですが)。

Le organizzazioni criminali sembrano dunque trarre nuova linfa dalla crisi economica e sanitaria in corso.

AGI, 19 gennaio 2021)

そうした犯罪組織はしたがって、今起きている経済的・衛生的危機から新たな資金源を引き出しているようである。

手元の辞書には〈sembrare+不定詞〉という形は載っていませんでした。ここでは何が起こっているのですか?

 

sembrare + 不定詞、確かに辞書には載ってないことが多いですね

正直載せといてよって感じなのですが、結論から言えばこれは主語繰り上げ(sollevamento del soggetto)という現象です。これがなんなのかを見る前に、Devoto-Oliの辞書から例文を持ってきてsembrareが節をとる場合の構文について簡単に見ておきます。

(1) Mi sembrava che il tuo amico fosse a disagio.
君の友達は居心地が悪いように見えた。

(2) In spiaggia sembrava di essere ai Caraibi.
砂浜ではカリブ海にいるかのようだった。

(1)ではche+定動詞、(2)ではdi+不定詞が使われていますね。どちらも、解釈としては非人称(impersonale)の文です。つまり、どちらも動詞sembrareと「見えている内容」だけでできていて、動詞sembrareの意味上の主語として機能する語は存在しません。ちなみに文の構造のことを言うと、どちらの文でも従属節がsembrareの主語になっています。

次に言っておかなければいけないのは、(2)のようなケースのdiは実は省略できることがあるということです(ちなみに(1)のcheも省略できます)。省略が可能な場合とそうではない場合があったり、時代によってその規則が変わったりしていてこれも面白いのですが、ともかくsembrare+不定詞という形自体は普通に可能です。じゃあdiが省略されてるのね!おわり!となりそうですが、ここで今回の文をもう一回見てみてください。

この文、sembrareの主語はどう見たって従属節ではなくZanardiですよね。これは前回扱ったマフィアの文でもっとわかりやすくて、動詞が複数形の主語(Le organizzazioni criminali)にあわせて複数形に活用しています。なぜこんなことが起こっているのかというと、実はこの文は(2)のような文からdiが抜けたのではなくて、(1)のような文の主語が繰り上がってできているからなのです。sembrareをはじめとした一部の動詞は、従属節の主語を主節の主語に「繰り上げ」る構造を容認するのですね。

どういうことかというと、今回の文は、抽象的なレベルでは次のような構造を持っていると考えられるということです(正確にはche gli stanno vicineも従属節ですが、表示は省略します)。

(3) [主節 Sembra [従属節 Zanardi riconoscere le persone che gli stanno vicine.]

要するに、上の例文(1)が解釈としては非人称の文なのと同様に、この文も意味上の主語を持たない動詞sembrareと「見えている内容」、すなわち「ザナルディが近くにいる人を認識していること」だけからできているということです。sembrareのような動詞を使った文では、ここから従属節の主語(Zanardi)を従属節から取り出して、主節の動詞の主語にしてしまうことができるのですね。主節がそんなに偉いのかという気もしますが、埋め込まれた文から埋め込まれてない文に移るので、「繰り上げ(sollevamento)」というわけですね。

[主節 Zanardi sembra [従属節 Zanardi riconoscere le persone che gli stanno vicine.]

別の言い方をすると、例文(1)のような文はこの繰り上げが起こらなかったパターンということですね(Sembra che Zanardi riconosca le persone che gli stanno vicine)。ちなみに主語繰り上げを起こす動詞(verbi a sollevamento)にはsembrareの他にparerecominciareなどがあります。

 

[+α]“不死鳥”ザナルディの壮絶な半生(前編)

今回ザナルディを取り上げたのはモーターレース好きな私(田中)の趣味によるところが大きく、試しに土肥くんに「ザナルディって知ってる?」と聞いてみたところ「知らないw」と言われてしまったのですが、今の日本の(特に若い世代における)モータースポーツの不人気ぶりを鑑みれば無理もありません。

ザナルディはイタリアでは認知度の高いアスリートだと思います。イタリアでは今でも、さすがにcalcio(サッカー)には及びませんが、モータースポーツは人気ですよね。欧州モータースポーツ最高峰カテゴリーはいまだにF1であり、現在参戦している10チームのうち実に3チームがイタリアに本拠地を置いています。

F1の(良くも悪くも)最も伝統的で象徴的なチームがFerrariであることは変わりませんし、ほかにも、有名カーメーカーAlfa Romeoも参戦中だし、Red Bullの姉妹チームAlpha Tauri(旧Toro Rosso、旧旧ミナルディ)はエミリア=ロマーニャのファエンツァを本拠地とするチームであり、そして皆さん、2021年はあの小林可夢偉以来7年ぶりの日本人ドライバー、角田祐毅がこのチームで走るんですよ!!!知ってますか皆さん!!

はあはあ。ザナルディの話でしたね。ザナルディは1991~1994年にF1でレースをしていて、まあ、F1ドライバーとしてはそれほど目立った戦績は残しませんでした。で、F1はいったん退いてアメリカのレースカテゴリー「CART」に活躍の場を移し、そこで才能が開花し2度(2年連続で)総合チャンピオンに輝きます。そしてなんとF1に復帰します(1999年)。すごいことです。が、やはりF1では成績を残せず一シーズン限りで再び引退し、CARTに復帰します。

2001年のことです。ドイツで行われていたレース中、トップ走行中のザナルディを悲劇が襲います。ピットレーンから出たタイミングでマシンの挙動を乱したザナルディに別のマシンが激突したのです。その際のスピードは約320km/hだったと言われます。命さえ危ぶまれた事故ですが、何とか一命はとりとめました。しかし、激しい損傷を被った両足を切断することになります。当然、モーターレースにおいてアクセルペダルとブレーキペダルを踏むのに両足は不可欠ですから普通に考えれば彼のレース人生はここで終わりだったはずです。

が、なんと。ザナルディは彼のためにしつらえられた特別仕様車でレースに復帰します。これが2003年のことです。もう十分に偉業を達成したと言えるのですが、彼の活躍はここでは終わりませんでした。長くなったので続きは次回。(田中)

 

 

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