Grammatica+  上級へのイタリア語

[第61回]che polivalente/哲学者ヴァッティモ「ワクチン義務化すべきではない」②

前回に続き、No Vax(ワクチン反対)ネタです。Corriere della Seraの記者が、哲学者のジャンニ・ヴァッティモ氏に行ったインタビューの書き起こしから引用します。前回の引用箇所もさらっとお読みいただけると、よりスムーズにご理解いただけると思います。(« »で括られているのがヴァッティモ氏の発言です。)

«[…] Le mie dichiarazioni le avranno lette soltanto un gruppetto di intellettuali».

Pensa almeno che potrebbe dire qualcosa per arginare la protesta?
«Sì»

E cosa?
«Vaccinatevi che è meglio».

Corriere della Sera, 02 settembre 2021)

「私の(ワクチン接種やグリーンパスを義務化すべきではないという)発言を読んだのは少数のインテリ層だけでしょう」

少なくとも抗議デモを鎮静化させるために何かおっしゃるというお考えは?
「ええ」

とおっしゃると?
ワクチンを受けなさい、その方がいいから

マーカー箇所、命令文の後にche節がくっついていて、不思議な構文だと思いました

 

地味に頻出表現ですよね

命令文+che「〜しなさい、〜だから」という表現はあんまり教科書なんかには載らない印象ですが、イタリア語で日常会話をしているとけっこうよく出くわしますね。実際、少なくとも書き言葉でこれを使うと話し言葉的、ないしあまり文法に気をつけていないイタリア語であるとみなされる傾向にあります。

cheについては、第18回第27回でも扱いましたね。このうち第27回では、cheは実は関係代名詞というわけではなく一般的な補文標識(complementatore)であるという話をしました。今回の用法は、このことと関係がありそうですね。というのも、一般的な補文標識であることと関連して、本来はcheではなくもっと適した表現がある場合にも用いられているからです。第27回では、次の文を紹介しました。ここでは、con cuiのような関係代名詞に代わってcheが使われているわけですね。

La penna che io scrivo è nera. (Berruto 2004: 3)

私が書くペンは黒い。

「もっと適した表現がある」というのは、先行詞la pennaと従属節io scrivoの間にある関係の特定が聞き手に任されているのではなく明示的に示されている表現con cuiがあって、それが規範的な観点から見て好ましいということになっているということですね。規範文法記述文法については、第40回でも扱いました。

こうした、一般的補文標識であることと関連してさまざまな場所に出てくるcheを、総称してche polivalenteと呼ぶことがあります。今回の文を見てみると、che以下の従属節は主節にある命令文の理由を示しています。こうした理由を表すcheは、関係代名詞の代わりに出てくるcheと共に、che polivalenteのうち最も典型的なものの一つですね。

 

che polivalenteの歴史的経緯

一方で、che polivalenteの面白さは、その歴史的経緯にあります。というのも、実はこうしたcheの用法は別に最近になって初めて現れてきたわけではなく、例えばダンテもこのcheを使っているんですね。しかも、「神曲」地獄篇第一歌の冒頭です。

Nel mezzo del cammin di nostra vita mi ritrovai per una selva oscura ché la diritta via era smarrita.

人生の半ばで道を見失い、暗い森の中に自らを見出した。正しい道は失われていたから

ちなみに、この文でもそうであるように、理由を表すcheの場合にはアキュート・アクセントつきのchéが正しい表記であるとされています。これは、perchéに語頭音消失aferesiが起こった形であると考えられているからですね。実際、だいたいの辞書はcheと分けてchéの項を立てているし、少なくとも書き言葉では、chéを使った理由を表す従属節はcheを使った場合と比べて規範的である、すなわちきちんと気をつけて書かれている文章であるとみなされる傾向にあります。そもそも声に出した時にはどちらなのか区別がつかないので、哲学の教授がインタビューで言っていてもそれ自体にはあまり違和感はないですね。

che polivalenteが生まれてくる理由がそもそもcheの持っている一般的な補文標識としての機能であることを考えれば、こうした用法が昔から見られること自体は別に驚くようなことではありませんね。こうしたcheの使い方が現代において規範的でないとみなされているのには、ピエトロ・べンボがこうしたcheの使い方を批判したことが影響しているようです。もちろん、使用が拡大していることや、他により明示的に同じ意味を表せる語が存在することも関係していそうですね。外国語としての学習者としては、こういう規範には素直に従っておくことが得策である場合が多いと個人的には思っているのですが、いずれにせよ実際のイタリア語で見られる現象なので、出会った時に理解できるようにしておいて損はなさそうですね。

 

[+α]ジャンニ・ヴァッティモのプチ紹介

さて、今回登場したジャンニ・ヴァッティモ氏はイタリアの著名な哲学者で、日本でも訳書が出ています。私は読んだことがありませんが、その哲学思想を象徴する「弱い思考」というキーワードは耳にしたことがあります。同氏による編著『弱い思考』が法政大学出版局から出ています。

また、今回の記事とは特に関係ありませんが、LGBTQのトピックを取り上げることが多い当ブログに関連して言えば、同氏は同性愛者であることを公言していることでも知られています。(田中)

 

 

Image by Tumisu from Pixabay

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