にわかには信じがたいのですが、テレビゲームを2時間ほどすると420カロリーの燃焼につながり、これは1時間自転車をこぐのと、あるいは、腹筋を1000回やるのと同等の運動量だ、とする実験結果が出たそうです。詳細はこちらからご覧いただくとして、さっそく記事の引用を見ていきましょう。
Secondo lo studio infatti, due ore di gioco bruciano ben 420 calorie per gli uomini e 470 per le donne.
(Corriere della Sera, 5 settembre 2021)
実際その実験では、2時間ゲームをプレイすることで、男性では実に420カロリー、女性では470カロリーが燃焼したのである。
beneに対応する語が微妙なニュアンスを表す現象というのは割と通言語的な現象で、このことは例えば英語のwellなんかを思い浮かべてもらえばわかると思います。他にはフランス語のbien、スペイン語のbien、ドイツ語のwohlなんかもニュアンスに関わる使い方をされたりします。「ニュアンスに関わる」というのはとりあえず、第57回でも見た命題とモダリティのうち、後者に関わる意味であると思っておくことにします。
今回は第59回のtipo回に続いて私(土肥)がやっている研究の一部を好き勝手に語っていいそうなので、benのちょっと不思議な使い方と、その地域差(variazione diatopica)について簡単に見てみたいと思います。地域差については、第16回や第30回、第51回なんかでも出てきましたね。
聞き手の考えを訂正するben
benという語の面白さは、「よく」とか「十分に」という意味の副詞として(こちらの意味では通常、語尾の落ちてないbeneの形で)使われるほかに、次の文のように聞き手の持っている考えを訂正するような場合に使われることがあります。
A: Nicola non l’avrebbe neanche toccata quella roba.
ニコラならあんなものには手も付けなかったなかっただろうね。
B: Nicola l’avrebbe ben mangiata la carne.
あの肉ニコラなら普通に食べたでしょ。(Cognola & Schifano 2018: 56)
この例文における話者Bは、話者Aが持っている否定の形をした前提(「ニコラは肉を食べなかった」)を否定して、実際にはニコラが話題になっている肉を食べたという考えを主張しているわけですね。こうした、聞き手が抱いているであろう思考を想像した上でその内容に(間接的に)言及するということを、我々は話す時にほとんど無意識にやっています。これは例えば、日本語ネイティブが語尾に「ね」とか「よ」をつける時のことを考えてみるとわかるかもしれませんね。同様に日本語ネイティブでない人が「ね」とか「よ」を使う時のことを想像してみると、これが自分の母語では誰でも無意識にできてしまうのに対して、そうでない言語では非常に難しくなることがわかります。学習者としては、理屈っぽいアプローチをするというのも(合う合わないはあるにせよ)悪くないと個人的には思っています。
命令文や疑問文でも使われるben
さて、上でも言及したように、この表現の使われ方には地域差があります。具体的には、トレンティーノ=アルト・アディジェ州のうちトレント県、およびヴェネト州で話されるイタリア語では、次のような命令文や疑問文でもしばしば使われると言われています。他の地域では、こうした文は不自然であるとみなされる可能性が高いということですね。
Compra ben qualcosa per cena! (Cognola & Schifano 2018: 59)
夕飯のために何か買ってくるんだよ、いいね!
Vieni ben domani? (Cognola & Schifano 2018: 62)
明日来るんだよね?
これらの地域では、benが持っている非常に抽象的な意味を様々な文脈に適用して使えるということですね。なぜ他の地域でこれができないのかは、なかなか難しくて面白い問題です。ともあれ、イタリア語は(そして多分、ほとんどの言語は)、よくよく見てみるとこういう現象の宝庫です。「スタンダードな」イタリア語にない現象というのは、中級から上級を目指す学習者として気になるという方もかなり多いのではないでしょうか。
今回の参考文献
Cognola, Federica, and Norma Schifano. 2018. “On Ben in Trentino Regional Italian.” In Romance Languages and Linguistic Theory 13: Selected Papers from “Going Romance” 29, Nijmegen, edited by Janine Berns, Haike Jacobs, and Dominique Nouveau, 55–73. Amsterdam: John Benjamins.
【+α】イタリアとテレビゲーム
今回の記事はいわゆるeスポーツが実際の健康にもいいという内容ですね。まあこれが事実なのかはともかく、イタリアとテレビゲームというのはあんまり結びつけて考えられることのないテーマという気がします。実際、イタリアで開発されたゲームというのはあんまりなく、だいたいアメリカで流行るゲームがイタリアでも流行っていて、日本製のゲームはポケモンなどの例外を除けばメインストリームではないというのが個人定な印象です。
ちなみに僕はイタリアにおけるYouTubeのランキングをよく眺めているのですが、ゲームジャンルは何年も前からMinecraftだらけというイメージです。日本でも流行っているといえば流行っているのだと思いますが、これ一強という状況が何年も続いているあたり、イタリアのゲーマー層はやっぱり薄めなんでしょうか(土肥)
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