Grammatica+  上級へのイタリア語

[第51回]補文標識の省略/Ddl Zan(ザン法案)とラッパーのFedez②

前回の続きです。ラッパーで、LGBTアライのFedezが国営テレビ局Raiの幹部から圧力を受けた、Fedezがそれを公にした、Rai側はそれを否定、Fedezが「じゃあ自分の言い分を言わせろ」と議会に設置されているRai監査委員会に要求したが、断られた。それをFedezが批判している、というところを引用していたのでした。今回もその続きです。

Fedez definisce la mossa una «vigliaccheria di Stato» e rilancia: «Il leghista* che ha annunciato la querela della Rai nei miei confronti è lo stesso che diceva: “Ci siamo dichiarati disponibili ad accogliere la richiesta di Fedez di venire in Vigilanza”. E oggi si rifiutano di ascoltare la mia versione dei fatti. Ne prendo atto, non credo ci sia altro da aggiungere».

Corriere della Sera, 26 maggio 2021)

Fedezはこの措置(=聴取の却下)を「国の卑怯なやり方」だと断じ、次のように投げ返している:「Raiが俺を訴えると言ってきたその「同盟」の議員は、その同じ口で『我々は聴聞委員会に来たいというFedezの申し出を喜んで受け入れる』と言ってたんだ。で、今日になって俺の言い分を聴くのはお断りだときた。覚えておくからな、これ以上はもう何も付け加えることはないだろう」

*leghistaはLa Lega「同盟」の議員・支持者の意。同政党はザン法案に反対している極右政党。Fedezはライブで具体的に議員の名前を挙げて非難するつもりだったが、それをやめるようにRaiから圧力をかけられていた。

マーカー部分、credoの後に接続詞のcheが省略されていますね。

これまで接続詞の省略を扱ったことはありませんでした。どのような場合に省略できるのか、あるいはできないのかなど、教えてください!

 

実はあんまり見ないですよね

英語なんかだとthatの省略はかなり頻繁に見る印象ですが、イタリア語のcheはあんまり省略されません。たまに出くわすと、けっこう目を引きますよね。とりあえず、以下の解説では第27回にならってcheを補文標識(complementatore)であると考えることにします。cheの省略は、補文標識削除と呼ばれますね。実はそこそこメジャーなトピックなのですが、主に生成文法の枠組みで研究されているためにイタリア語では定着した用語はない印象です。英語ではcomplementizer deletionと呼ばれます。

イタリア語の補文標識削除は可能な場合とそうでない場合があるのですが、三つの要因が影響しているようです。従属節の動詞の形文体地域です。一つずつ簡単に見ていきたいと思います。

 

補文標識削除が可能なケース①:従属節の動詞の形

まず、従属節の動詞です。これはシンプルで、補文標識削除は従属節の動詞が接続法、条件法、未来の時にしかできません。要するに、それなりに頻繁に使われる直説法現在の時にはできないんですね。今回の文でも確かに、従属節の動詞(sia)は接続法ですね。第5回でも見た通り、従属節の動詞に直説法と接続法のどちらを使うのかは直前の表現によって決まっています。したがって、補文標識削除が可能かどうかはある程度、主節の動詞にもよるということですね。一応、接続法でなくても補文標識削除ができるケースとして、未来形の場合を見ておきます。

Credo sarà interessante ascoltarlo.
聴いてみると面白いと思う。 (Poletto 1995: 50)

補文標識削除が可能なケース②:文体

次に文体です。補文標識削除が起きている文は、起きていない文に比べて多少フォーマルだとみなされていて、実際、特に口語ではほとんどお目にかかることのない現象です。thatの省略は口語的な現象とされることの多い英語とは逆ですね。また、今回の文のように接続法の動詞を伴う従属節で起きているケースと比べて、すぐ上の例文のように未来形(または条件法)の動詞を伴う従属節における補文標識削除はさらに文章語っぽい印象を与えるようです。ちなみに、こちらは人によってはそもそも間違いだと見なすようなのでさらに注意が必要です。いずれにせよ、そもそも補文標識削除をしなければいけないケースというのは存在しないので、要するに学習者としては自分では使わないのが無難ということですね。今回のように、場合によって使われることがあるということを記憶の片隅にとどめておけば十分そうです。

補文標識削除が可能なケース③:地域

最後に三番目の要因、地域です。またかという感じですが、イタリア語の文法について語る時に地域差はやっぱり無視できませんね。具体的には、トスカーナで話されるイタリア語では上で見た条件が満たされていなくても、また口語でも補文標識がしばしば削除されることが知られています。次の文では、diceの後にくるはずの補文標識cheが省略されていますね。

Dice la temperatura è salita. (Cruschina 2015: 11)
気温が上昇したようだ。

もしトスカーナ出身の人と出会うとかトスカーナに行くことがあれば、あえてcheを言わないでみるというのも面白そうですね。

 

今回の参考文献

Cruschina, Silvio. 2015. “The Expression of Evidentiality and Epistemicity: Cases of Grammaticalization in Italian and Sicilian.” Probus 27 (1): 1–31.
Giorgi, Alessandra and Fabio Pianesi. 2004. “Complementizer deletion in Italian.” In Luigi Rizzi (ed.), The Structure of IP and CP. The Cartography of Syntactic Structures, Vol. 2, 190–210. Oxford & New York: Oxford University Press.
Poletto, Cecilia. 1995. “Complementizer Deletion and Verb Movement in Italian.” University of Venice Working Papers in Linguistics 5 (2): 49–79.

 

[+α]ヴァチカンが抗議

このザン法案の成立に反対しているのは右翼政党だけではありません。ヴァチカンもこの法案の内容に抗議しています。

ヴァチカンは6月17日、イタリア大使に非公式に文書を送付し、ザン法案に抗議した。

ヴァチカン広報のマッテオ・ブルーニ氏はAFP通信に対し、この法案はイタリアとバチカンの関係史上「前例のない行為」だと述べた。

ヴァチカンは、同法案が1929年にイタリア王国と締結したラテラノ条約に違反すると考えている。この条約でイタリア王国はヴァチカン市国独立を承認した。

BBC NEWS JAPAN, ローマ教皇庁、同性愛嫌悪を処罰する法案は「信仰の自由を抑制」

そしてこの抗議声明に対して、Fedezがすぐにリアクションを示し、それがまた次のようにla Repubblicaのような大手メディアに取り上げられるわけです。

イタリア国内におけるこの人の、インフルエンサーとしての「声の大きさ」を感じますよね。(田中)

 

 

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