皆さんお待たせしました! 4カ月以上ぶりとなる新作です! 今回取り上げる記事はイタリアの猛を伝えるものですが、イタリアも日本もこの時期にこの暑さってどうなっているんでしょうかね…
さて、本題ですが、以下は記事の見出しです。
Caldo record in Toscana, Firenze sfiora i 42 gradi. Ecco le province più bollenti
(28 giu 2022, La Nazione)
トスカーナで記録的な暑さ、フィレンツェでは42℃に届こうかという気温に。酷暑に見舞われている県は次の通り
今年は日本もイタリアも6月から猛暑ですね。40度と言われるとなかなかインパクトありますよね。僕はクーラーのある研究室に入り浸っているのですが、それはともかく、イタリアのニュース記事を読んでいるととにかくよく見かけるのがこのrecordという単語です。もちろん英語のrecord「記録」からきているのですが、イタリア語ではこういう風に名詞の後につけて「記録的な」という意味を表すことがあるんですよね。
この形容詞っぽい機能の割に、recordという語そのものはどちらかといえば名詞です。元となった英語のrecordが名詞なのはもちろん(英語と同様に、アクセントは最初のeにあります)、record mondiale「世界記録」のように通常の名詞としても使えるし、ほとんどの形容詞は名詞の前と後のどちらにも現れることができる(第14回)のに対して、recordは後置されなくてはいけません。ちなみに辞書をひいてみると、In funzione di agg.「形容詞の機能で」(Zanichelli)みたいにぼかして書いてあったりします。
こうしてみると名詞+recordは、名詞+形容詞というよりは、たとえばtreno merci「貨物列車」みたいな名詞+名詞の表現と似ているわけですね。なんでこの現象が面白いかというと、日本語や英語と違って、こういう風に名詞+名詞をそのままぽんと並べるということをイタリア語ではあんまりしないんですよね。名詞+形容詞にしたり、二つ目の名詞に前置詞をつけたりすることがとても多いです。たとえばfilm comico「コメディーフィルム/comedy film」とか、giacca di pelle「レザージャケット/leather jacket」とかですね。recordという語の特徴は、イタリア語では珍しい名詞+名詞の表現を、かなり色んな名詞と結びついて作れることにあると言えそうですね。このことは、そもそもネットニュースで使われているイタリア語のあり方と関係しているように思います。
イタリア語の「社会的バリエーション」
日本語ももちろんそうであるように、イタリア語は一様ではありません。我々はみんな、TPOに合わせて喋り方(書き方)を変えています。LINEで友達にメッセージを送る時と仕事のメールでは、同じ日本語でも全く違う書き方をしますよね。こうしたイタリア語のバリエーションについて、たとえば第16回では遠過去の使い方に関する地域差variazione diatopicaを扱いました。これに対して、話し手や聞き手(書き手・読み手)の教育レベルや関係性に代表されるような、いわば社会的な要因に左右されるバリエーションのことをvariazione diastraticaと言ったりします。
実は名詞+名詞でできた表現は、italiano dell’uso medio(単にitaliano medioと呼ばれることもあります)と呼ばれるタイプの社会的バリエーションに特徴的であると言われています。このバリエーションの存在は、Francesco Sabatiniという言語学者によって提唱されました。Sabatiniは、イタリア語に関して最も権威のあるアカデミーであるAccademia della Cruscaの会長も務めたことのある大先生ですね。italiano dell’uso medioは、medioという言葉が入っていることからもわかるように、「ものすごく注意を払った知識人階級の話し方でもなく、全く気を遣わない話し方でもない、中間くらいのイタリア語」です。マスメディアの言葉というのは、まさにitaliano dell’uso medioの代表例なんですね。ちなみに、第61回で扱ったche polivalenteもこのバリエーションの特徴と言われています。
ともかく、recordがネット記事で頻出するというのは、この種類のイタリア語が持つ特徴の一つだからなんですね。マスコミっぽい書き方のイタリア語を象徴する言葉の一つであると言ってもいいかもしれません。
[+α]日本の夏、イタリアの夏
イタリアを含むヨーロッパの国々は緯度でいうと日本よりもかなり北のほうにあるので日本より涼しいのかと思いきや、今回の記事でも扱われているように気温でいうと日本よりずっと高くなるんですよね。これは、イタリアの大きめの街がだいたい盆地っぽい場所にあることも関係している気がします。しかもイタリアでは日本に比べるとクーラーを使わないので、特に日中は危険を感じるほど暑くなることがあります。まあ、日本のクーラーもなかなかやりすぎ感はありますが。
一方で、よく言われるのは日本と比べると湿度が低いので不快さは少なめということですね。実際、イタリアでは日陰は比較的過ごしやすいことが多く、また雨が降ると気温が一気に下がって快適になることがあります。いずれにせよ、一番いいのは避暑地にバカンスに行くことですね。休みがあればですけど…。(土肥)
●引用元記事:Caldo record in Toscana, Firenze sfiora i 42 gradi. Ecco le province più bollenti
[第14回]イタリア政変/形容詞の語順
[第16回]「遠過去」ではなく「隔過去」と呼ぶべきではなかろうか/宮崎駿、80歳になる②+イタリア人とアニメの話になると
[第61回]che polivalente/哲学者ヴァッティモ「ワクチン義務化すべきではない」②