Grammatica+  上級へのイタリア語

[第56回]半過去その2「前方照応的な時制」/東京五輪競歩でイタリア人選手番狂わせの優勝

もうはるか昔のことのように感じられる東京五輪の記事です。イタリア人選手が金メダル、日本人選手が銀・銅メダルを獲得したことで、私のTwitterのタイムラインもわりと盛り上がっていた印象がある「男子20キロ競歩」(開催地は札幌)のニュースです。

Massimo Stano ha vinto la medaglia d’oro nella 20 chilometri di marcia alle Olimpiadi di Tokyo. Stano non era considerato tra i favoriti in partenza, ma è stato sempre nel gruppo in testa alla corsa e al traguardo ha preceduto i giapponesi Koki Ikeda e Toshikazu Yamanishi […].

Il Post, 5 Agosto 2021)

マッシモ・スターノが東京五輪の20キロ競歩で金メダルを獲得した。スターノはスタート時には優勝の有力候補とは見られていなかったものの、レース中は常に先頭集団につき、日本人の池田向希と山西利和の前でゴールした[…]。

favorito: 優勝候補/precedere: ~に先立つ、~の前にいる

 

半過去eraにマーカーを引きました。半過去を取り上げるのは第54回に続いて2度目です

今回はまた別の角度からこの時制について解説してもらいます。

 

基本的な文法ほど論点がたくさんあったりしますね

まあ、言語というのは一般的にそういうものという気もします。第54回では、どちらかといえばアスペクトに注目して半過去の特徴を概観しましたね。今回は、時(tempo)に注目して半過去の特徴を掘り下げてみようという回です。第54回では「半過去というからには過去です」くらいの説明に留めましたが、半過去は時に関してもなかなか面白い特徴を持っているのです。

 

半過去は「前方照応的な時制」

まず、第6回第12回、それから第54回でも言及したように、主節の動詞がとる時制に関連する時点には、発話の時点と基準となる時点の二種類があるんでしたね。発話の時点というのは、ある文が口に出された時という意味での「今現在」のことで、基準となる時点というのは何かしらの手段で文脈の中に示された時点のことでした。前者に対する前後関係を示す時制のことを直示的(deittico)な時制、後者に対する前後関係を示す時制のことは前方照応的(anaforico)な時制と呼びます。まあ、実際には個々の時制が直示的であったり前方照応的だったりするというよりは、各時制が持つ用法が直示的であったり前方照応的だったりするのではという気もしますが、それはともかく、過去だとか未来だとか一口に言っても、「いつに対して」過去だったり未来だったりするのかが時を理解するためには重要なんでしたね。

この観点から見ると、半過去というのは典型的に前方照応的な時制であると言われています。次の文を見てみます。

Maria comprava un orologio.
マリアは時計を買っていた。

対応する日本語もそうですが、この文は文脈なしでいきなり言うことはできません。どういうことかと言うと、「いつの時点で」マリアが時計を買っていたのかがわからない状態で言われても、「いつの話?」と聞き返したくなってしまうということですね。この文が適切であるためには、例えばこの文の前に話し手が「昨日ジャンニとマリアが一緒にいるのを見かけたよ」という話をしているとか、あるいは同じ文の最初にIeri alle tre「昨日の3時に」とつけるとかして、「いつ」マリアが時計を買っていたのかがはっきりとわからないといけません。半過去を使うためには、基準となる時点が絶対に必要なんですね

面白いのは、基準となる時点と半過去が表す出来事の時点を比べてみると、実はこの二つは同時であるということですね。今回の文を見てみると、基準となる時点はレースのスタート時で、スターノ選手が有力候補として見られていなかったのもその時点での話ですよね。基準となる時点そのものは確かに過去のことで、これは要するに、半過去には発話の時点に対して過去にある基準となる時点が必要だということですね。このことから、半過去は「過去における現在」と言われることがあります

 

半過去のその他の用法

ところで、半過去って実はもっと色んな使い方がされますよね。例えば第54回で見た次の文には二つの半過去(Eraとnasceva)があって、後者のnascevaは「過去における現在」とは言いがたいですよね。この半過去はむしろ、過去における基準となる時点(4年前)より後のことを指していて、「過去における未来」です。

Era da quattro anni che nello zoo non nasceva un panda.
この動物園では4年間パンダが生まれていなかった。

それから、半過去は実は未来のことを示すために使われることさえあります。

A: Verrà anche Gianni alla festa di domani?
明日のパーティにジャンニも来るのかな?

B: Non so. Domani usciva con Maria. (Giorgi 2010: 101)
どうだろう。明日はマリアと出かけるんだったはず。

こうした用法がどこから来ているのかは、半過去について深く掘り下げて考えるためには重要そうですね。このブログでもそのうち扱ってみたいと思いますが、よければ考えてみてください。

 

今回の参考文献
Giorgi, Alessandra. 2010. About the Speaker: Towards a Syntax of Indexicality. Oxford: Oxford University Press.

 

【+α】イタリアから見た東京五輪

東京五輪は現在パラリンピックの真っ最中ですが、イタリアで最も話題になったのはオリンピックでの獲得メダル数の多さです。夏季オリンピックにおけるイタリアの獲得メダル数の最大記録は長いことホスト国となった1960年ローマ大会の36枚で、50年以上も同数になることすらなかったのですが、今回の大会では40枚を獲得して記録を大幅に塗り替えました。このこともあって、イタリアから見た東京五輪はふつうのスポーツ大会としてかなり盛り上がっていた印象です。

一方で、イタリア在住の東京出身日本人としてはやっぱりコロナ禍との関係が気になって、競技自体は冷めた目で見てしまいますね。イタリア人だって自分の町で開催されていたら反対してたんじゃないの?と思ってしまう自分と盛り上がるイタリア人で、あんまり話が噛み合わなくてモヤモヤする期間でした。(土肥)

 

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