Grammatica+  上級へのイタリア語

[第41回]主語人称代名詞(「ゼロ主語」の話など)/総称的に用いられる男性複数形を「ǝ」で代用①

カステルフランコ・エミーリアというコムーネが、フェイスブックの投稿で、総称的に用いられる男性複数形を「schwa(シュワ)=ǝ」で代用している、というのをla Repubblicaが取り上げていました。それはinclusione(包括、多様性の受け入れ)のためだというのです。実際の投稿を見てみましょう。

Città di Castelfranco Emilia

Gentilissimǝ, grazie a tuttǝ per i vostri commenti e le vostre considerazioni.

https://www.facebook.com/cittadicastelfrancoemilia/photos/a.1038946972872021/3329635780469784/?type=3

通常であればGentilissimi / tuttiとなるところをGentilissimǝ / tuttǝと綴っていますね。例えば初めのGentilissimǝの方を見てみると、不特定多数の人に向かって「敬愛なる皆さん」みたいに呼び掛けているわけですが、この場合、通常イタリア語では男性・複数形(Gentilissimi)が選ばれるという決まりになっています。これをジェンダーニュートラルな表現に置き換えよう、ということで、本来「あいまい母音」を表す発音記号として用いられる「ǝ」(schwa、シュワ)を採用した、という話なのです。

このような動きに反発はつきものですが、カステルフランコ・エミーリアの首長はそれを一蹴しています。

Dal Comune, il sindaco Pd Giovanni Gargano sorride: “Lo so che qualcuno dei nostri anziani, al bar, potrebbe dire: lo schwa? ma cusèla? che è? – dice – Ma io penso che all’interno del nostro mandato amministrativo siamo anche chiamati a dare degli stimoli e l’idea è proprio quella di fare riflettere le persone.

la Repubblica, 15 Aprile 2021)

そのコムーネで、首長である民主党員のジョヴァンニ・ガルガーノ氏はほほえみながらこう話す。「ここらのお年寄りの中にはバールでこんなふうに言う人もいるでしょうね。『シュワだって? なんじゃそりゃ? 何のことだ』とね。でも私が思うのは、我々の行政的な義務の範囲内で、我々は何らかの刺激を与えることを求められてもいるし、要は、皆さんによく考えてほしいということなのです」。

cusèlaとありますね。

これは何でしょうか?

 

方言だ!

ここって要するに市長がバールでお喋りするお年寄りたちを想像して、イタリア語ではなく地元の言葉(すなわち、方言dialetto)で「なんじゃそりゃ」と言うだろうと言っているわけですよね。Cusèla?というのはイタリア語に直すとCos’è?ですね。cosaがcusになって、èはそのままèで…というのはまあ、イタリア語がわかればなんとなく想像がつくと思うんですけど、最後のlaってちょっと引っかかりますよね。実はこれ、主語の代名詞です。特に北イタリアで話される諸方言では、疑問文で動詞と倒置された主語がよく一緒に現れるんですね。

北イタリア諸方言における主語人称代名詞(pronome soggetto)の振る舞いはかなり面白くて、特に80〜90年代において生成文法の理論に結びつけて盛んに研究されたイタリア方言学のクラシックなトピックなのですが、さすがにそれを紹介するのは自己満足感が過ぎるのでやめておきます。代わりに、イタリア語の主語人称代名詞について見てみたいと思います。

 

イタリア語の主語人称代名詞

まず主語ではなくそれ以外の役割(斜格obliquoと呼ばれることがあります)を担う人称代名詞について考えてみます。イタリア語の人称代名詞は、強勢形(libero)接語形(clitico)という二つの種類に大きく分けることができます。後者は非強勢形とも呼ばれます。たとえば直接目的語なら、強勢形me, te…に対して接語形mi, ti…ですね。強勢形は単独で普通の名詞と同じように振る舞うのに対して、接語形は常に動詞の前後にくっつけて使われるのがその特徴です。

用法の面から言っても強勢形と接語形には様々な違いがあるのですが、一般的に言って、指しているものが文脈からいって新しい情報である場合には強勢形が、既知の情報である場合には接語形が使われます。たとえば典型的に強勢形を使うのが、次の文のように二つの対象が対比されている場合ですね。どちらの代名詞も、接語形(mi, gli)に変えることはできません(今回の例文は全て、Salvi & Vanelli 2004: 189からとってきています)。

Vi hanno dato il premio? – Sì, a me hanno regalato dei libri e a lui hanno dato un buono per un viaggio.

賞はとれたの? – うん、私には本を、彼には旅行券をくれたよ。

主語人称代名詞に話を戻します。イタリア語の主語人称代名詞は、強勢形ですね。meだとかteと同じように、単独で普通の名詞と同じように振る舞い、二つの対象が対比されている場合に使うことができます。上の文の間接目的語を主語に変えて書き直してみると、これらの主語人称代名詞は省略することができません。

Avete ricevuto il premio? – Sì, io ho avuto dei libri e lui ha ricevuto un buono per un viaggio.

こうして見ると、主語人称代名詞では「主語を省略すること」が「接語形を使うこと」に対応していることがわかります。こういう、音を伴って語として実現しないけれども、語として実現しないこと自体に役割があるような主語のことを、ゼロ主語(soggetto nullo)と言ったりします。

このことを知ると、「イタリア語の主語は省略できる」というのはミスリーディングであることがわかりますね。主語がなくても正しい文が作れるというのは、meを使った文もmiを使った文も可能であるのと同じで全くその通りです。ですが、主語のある文とない文の間には、meを使った文とmiを使った文の間にあるのと同じくらいの違いがあるのです。その証拠に、接語形miが使えないような文脈では主語が省略できないわけですね。

もう一つ、今回の記事に戻って見てみると、カステルフランコの方言で用いられる-laというのは、動詞にくっついて使われているので接語形です。イタリア語ではゼロ主語が対応している主語人称代名詞の接語形は、イタリアで話される諸方言ではしばしば専用の語があるのですね。まさにこの記事で見たようなゼロ主語に関する知見もそうなのですが、こういうイタリア語とイタリア諸方言の比較・観察はしばしば、イタリア語学の発展を促してきました。主語人称代名詞は、イタリア語学とイタリア方言学が交差する代表的な論点なのですね。

 

[+α]カステルフランコ・エミーリアのフェイスブック投稿について補足

初めに引用したカステルフランコ・エミーリアの実際の投稿から、同市がシュワの使用について何と言っているか、もう少し見て見ましょう。(田中)

Il rispetto e la valorizzazione delle #differenze sono principi fondamentali della nostra #comunità e il linguaggio che utilizziamo quotidianamente dovrebbe rispecchiare tali principi.

Ecco perchè vogliamo fare maggiore attenzione a come ci esprimiamo: il linguaggio infatti non è solo uno strumento per comunicare, ma anche per plasmare il modo in cui pensiamo, agiamo e viviamo le relazioni.

Ecco perché abbiamo deciso di adottare un linguaggio più inclusivo: al maschile universale (“tutti”) sostituiremo la schwa (“tuttə”), una desinenza neutra.

Questo non significa stravolgere la nostra lingua o le nostre abitudini, significa fare un esercizio di cura e attenzione verso tutte le persone, in modo che si sentano ugualmente rappresentate.

E’ un passo importante verso uno dei nostri obiettivi: una società e una comunità #inclusiva, #equa e #coesa!

https://www.facebook.com/cittadicastelfrancoemilia/photos/a.1038946972872021/3329635780469784/?type=3

多様性を尊重し、その重要性を高めることは、私たちのコミュニティーの基本原則であり、私たちが日々使う言葉はその原則を反映しているべきだと思われます。

私たちがどのようにしてメッセージを発するかに大いに注意を払いたいのはそのためです。事実、言葉は単にコミュニケーションの道具であるだけでなく、私たちが考え、行動し、人間関係を育むための道具でもあるのです。

そこで私たちは、より多様性に開かれた言葉を採用することにしました。総称的に用いられる男性複数形(例えばtutti)を、よりニュートラルな語尾、シュワ(tuttə)に置き換えることにしたのです。

これは私たちの言語や習慣を歪めようとするものではなく、誰もが平等に表現されていると感じられるように、すべての人に配慮と注意を向ける練習をしようというものです。

これは私たちの目標の1つ、「包括的で、平等で、結束した社会とコミュニティー」(の実現)に向けた重要な一歩です。

 

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