Grammatica+  上級へのイタリア語

[第42回]使役/総称的に用いられる男性複数形を「ǝ」で代用②

前回に引き続き、カステルフランコ・エミーリアというコムーネがFacebookの公式ページで「総称的に用いられる男性複数形を「ǝ」で代用する」ことにした、という記事を扱っていきます。「言語における性的中立性」の問題ですよね。

次の引用部分は、前回と全く同じなのですが、ハイライト部分が異なります。

Dal Comune, il sindaco Pd Giovanni Gargano sorride: “Lo so che qualcuno dei nostri anziani, al bar, potrebbe dire: lo schwa? ma cusèla? che è? – dice – Ma io penso che all’interno del nostro mandato amministrativo siamo anche chiamati a dare degli stimoli e l’idea è proprio quella di fare riflettere le persone.

la Repubblica, 15 Aprile 2021)

そのコムーネで、首長である民主党員のジョヴァンニ・ガルガーノ氏はほほえみながらこう話す。「ここらのお年寄りの中にはバールでこんなふうに言う人もいるでしょうね。『シュワだって? なんじゃそりゃ? 何のことだ』とね。でも私が思うのは、我々の行政的な義務の範囲内で、我々は何らかの刺激を与えることを求められてもいるし、要は、皆さんによく考えてほしいということなのです」。

 

なんと第42回にして初めて「使役」を取り上げます!

初めてなので聞いてみたいことがたくさんある(例えば「今回のfare riflettereのfareはfarにならないのか」とか「fareの直接目的語はle personeなのにどうしてfare  le persone riflettereって言わないんだろう」などなど)のですが、土肥くんなら使役について何から語り始めるのかを聞いてみたいので、丸投げで行きましょう!

 

使役、メジャーな現象の割に扱ってなかったですね

というかこのブログでこういう素直なトピックを扱うこと自体が珍しい気もします。せっかくなので、一般的な特徴から見ていきたいですよね。

まず、使役の構文というのは複文(frase complessa)の一種です。どういうことかというと、文の中心となる主節の動詞に関連して役割を持つ要素の一つが、それ自体動詞を中心としたまとまりでできているわけですね。今回の文から使役構文の部分だけを抜き出してみると、次のようになります。riflettere以下は、ある種の従属節なわけですね

Facciamo riflettere le persone.
私たちは人々によく考えさせる。

使役構文における従属節の特徴を考えるにあたって、国光くんの疑問の一つはかなり重要です。どうしてfare le persone riflettereにならないんだろう?というものですね。といっても、le personeはfareの直接目的語であるというよりはriflettereの主語ですが、どちらにせよ前に出てきてもおかしくないですよね。実際、ダンテのイタリア語(この時代のイタリア語のことを、古イタリア語italiano anticoと言います)なんかでは、使役構文における従属節の主語は動詞の前に出てきます。次の文では、使役動詞(fé)の直後に従属節の主語(Nettuno)が来ていますね。

[…] la ‘mpresa che fé Nettuno ammirar l’ombra d’Argo (神曲天国編第33歌94-96、原基晶訳p. 500)
「アルゴー号の船影がネプトゥーヌスを驚嘆させたあの壮挙」

要するに、ダンテの時代から現代に至るまでの間に使役構文における構成要素の語順が変わったわけですね。これは何が起こったのかというと、使役動詞(今回の記事における文では、fare)と不定詞になっている動詞(riflettere)が一緒になって一つの動詞であるかのように振る舞うようになったと言われています。要するに、Aのような入れ子構造を作っていたものがBのように、二つの動詞が一つになって通常の他動詞と同様の構造を作るようになったわけですね。Aが複文なのに対して、Bは単文(frase semplice)ですね。

A [主節 fé [従属節 [従属節の主語 Nettuno] ammirar l’ombra d’Argo]] →

B [動詞 Facciamo riflettere] [直接目的語 le persone].

こうして見てみると、現代のイタリア語における使役構文というのは、複文でありながらむしろ単文っぽい構造をとることがその特徴ですね。不定法の動詞でできた従属節の、いわゆる意味上の主語をどうやって提示するかというのはけっこうメジャーなテーマで、構文ごとに色々な戦略があってなかなか面白いです。イタリア語を読んでいてこの手の構文に行き当たった時は、ぜひ考えてみてください。

 

【+α】イタリア語の性標示とシュワ

イタリア語でより包括的な言語使用のためにシュワを使おうという提案があった、というニュースは日本でも話題にされていました(https://ej.alc.co.jp/entry/20210415-hirano-performance-19)。この記事はとっても読みやすくて面白いので未読の方は一読をおすすめします。

といっても、イタリア語における性はどこでも母音の違いによって表現されているから全部ǝに置き換えてしまえば解決!というのはその通りといえばその通りですが、そもそもイタリア語に存在しない文字と発音を持ってきてこれに入れ替えようね、というのはイタリア語を日常生活に使う人間からすればなかなか強めの提案ですよね。「あ」というひらがなの使用をやめて、左右反転させたものを使うことにしましょう!発音は「あ」よりちょっと口を広げて発音します!とか言われても、オッケーわかった!とはならないのと同じです。

実際、この日本語の記事にもある通り、この手の話題に対するイタリア人の反応は鈍いです。今回扱ったイタリア語の記事にあるように、コムーネとはいえ首長レベルの人が反応しているのは新鮮ですね(エミリア=ロマーニャは左派の強い地域だと言われています)。このことは主語を省略できることが関係しているのではないかと日本語の記事では推測されていますが、前回見た通り、イタリア語の主語はその機能を変えることなく省略できるわけではありません。場合によっては、主語の使用は避けようと思っても避けられないんでしたね(ちなみに、フランス語で主語の使用が避けられないのは、フランス語の主語がイタリア語でいうゼロ主語に対応しているからです)。イタリア人はこの手の話題にもう少し興味を示してもいいのではないかと個人的には思うのですが、いずれにせよ、より包括的なイタリア語に向けた取り組みは言語学者としてもこれからの展開を興味深く見守りたいと思います(土肥)

 

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