Grammatica+  上級へのイタリア語

[第17回]非対格構文/ワクチンに忍び寄るマフィアの影①

イタリアでは2020年末から新型コロナウイルスのワクチン接種が始まっていますが、マフィアがそこに金儲けの機会をうかがっているという話を今回は見ていきます。まずは文法事項からチェックしていきましょう。

Ma la mafia non ha messo gli occhi solo sui vaccini. In un momento in cui si investono grandi risorse sulla salute, è tutto il mondo della sanità a rischiare infiltrazioni da parte della criminalità organizzata.

AGI, 19 gennaio 2021)

だがマフィアが目をつけているのはワクチンだけではない。福祉健康に巨額の資金が投じられている今、衛生業界全体が組織犯罪につけ入られる危険にさらされているのである。

 

今回は、すでに常連になりつつあるsiを含む受け身の構文を取り上げます。

……が、このsi investono、私には、grandi risorseを主語とする何の変哲もない普通の受動態にしか見えないのですが、文法の専門家の目には解説すべきことがあるものとして映っているようです……!

 

普通の受動態なのはその通りです

なので今回のテーマはイタリア語をうまく操るために知っておかなきゃいけないってわけでは(多分)ないです。解説というより、蘊蓄ですね。でも、イタリア語について知っていることの限界をすこしだけ押し広げてみるのはどうでしょうかという提案をこめて、受け身のsiを使った文が非対格構文(costruzione inaccusativa)と呼ばれる構文をとることを見てみます。ちなみに「対格」というのは、とりあえず「直接目的語」くらいに理解しておいて大丈夫です。「直接目的語じゃないぞ構文」ですね。

 

「非対格構文」とは?

この非対格構文というのは簡単に言うと「他動詞の直接目的語っぽい特徴を示す主語を持った自動詞の構文」なんですけど、これだけではピンと来ないと思います。まずは、これまでなんとなくわかってることを前提でバンバン使ってきた他動詞(verbi transitivi)自動詞(verbi intransitivi)について見直してみましょう。これまでにも何度か言及した通り、文というのは動詞を中心としてそれに対して様々な役割を持つ要素で成り立っているんでしたね。例えばmangiare「食べる」という動詞を使った文が成立するためには「食べる人=主語」と「食べられるもの=直接目的語」が必要です。これに対して、piangere「泣く」という動詞を使った文が成立するために必要なのは、「泣く人=主語」だけです。こうして見てみると文の構造というのはかなりの程度個別の動詞が持つ性質によって決まっていますね。ここで注目したいのはmangiareのように直接目的語を要求する動詞とpiangereのように要求しない動詞があることで、前者を他動詞、後者を自動詞と呼ぶわけですね。

他動詞と自動詞に関連してもう一つ思い出しておきたいのは、直接目的語というのは動詞の後すぐに出てくるということです。「それくらい知ってるよ」と思われるかもしれませんが、この「動詞の直後の位置」というのは、実は直接目的語専用の位置ではありませんよね。イタリア語では、自動詞の主語がこの位置に現れることがあります。

Sono arrivati molti attori.
たくさんの俳優が到着した。

イタリア語をよく読んだり聞いたりする人ほどナチュラルにこういう文を受け入れているし、もちろんこの文は全く自然な文です。ですが、こうして考えてみるとこの文の主語(molti attori)は限りなく直接目的語っぽい位置に現れていますよね。他動詞を使った文の場合にはこの位置は(当たり前ですが)ふつう直接目的語に占められているので、動詞の直後に主語を持ってくることができるというのは、自動詞の特徴の一つであると言えそうです。

実は自動詞はこの点に関して二つに分けることができて様々な特徴を持つのですが、細かいことはおいおい扱っていくことにします。今回注目したいのは、語順の観点から見ると、arrivareのような動詞の主語が現れる位置は動詞の直後が無標だということです。要するに、特に理由がなくても動詞の後に現れることができるのですね。限りなく直接目的語っぽい位置に現れるけれども、動詞と一致するし、lo/la/li/leみたいな直接目的語専用の代名詞で言い換えることができない。すなわち、「非」対格ですね。

さて、前提の説明が長くなりましたが、受け身というのは他動詞の直接目的語を主語にして作られるわけで、必然的に直接目的語が存在しなくなるので、文構造の観点からいえば他動詞の構文を自動詞の構文に変換する操作なわけですよね。この時完成するものは、単に自動詞の構文というだけではなくて、非対格の構文なのです。今回の文をもう一度見てみると、やはり主語が動詞の直後に現れています。これは特に理由があってこうなっているわけではなくて、受け身のsiの構文ではむしろ自然な語順なのですね。

Si investono grandi risorse.
福祉健康に巨額の資金が投じられている。

ちなみに、非人称のsiを使った文はその定義上主語がそもそも存在しませんよね。したがって、非対格の構文をとることはありません。受け身のsiと非人称のsiが持つ特徴の違いの一つですね。

 

[+α]イタリアとマフィア

イタリアといえばマフィアみたいなイメージを持っている人はけっこういると思うのですが、少なくとも留学生レベルだとその存在を身近に感じるような機会は基本的にないですね。南部出身の人と友達になると「俺の地元では…」みたいな話を聞かされることがある程度です。ちなみに、マフィアというのは南部の問題であるという認識が強いですが、特に近年のニュースなどを見ていると北部でもかなり定着して活動しているらしいという内容をちょこちょこ見かけますね。これが事実かはともかく、今回のニュースからもわかる通りマフィアの存在がイタリアにおいていまだに強い存在感を持っていることは間違いないようです。(土肥)

マフィアについて私(田中)はちょっと本や映画をかじったことがあるので、おすすめできるものを数日に分けていくつか紹介していきます。

まずは『シチリア・マフィアの世界』(藤澤房俊著、講談社学術文庫)です。イタリアのマフィアについて知りたいと思った人のための格好の入門書でありながら、精緻な研究に基づく本書は、18世紀にまで遡るマフィアの誕生から1987年の「史上最大のマフィア裁判」に至るまでを概観することができます。研究者は別として、一般書レベルでなら、この一冊を読むだけで十分な知識が得られると言えます。特に「なぜ・シチリアで・どのようにして」マフィアが生まれ、勢力を伸ばしていったかについて解説されているのが特徴ですね。

「でもタイトルに『シチリア』とあるからこの本では部分的な知識しか得られないのでは?」と思うかもしれませんし、上の土肥くんのコメントにもマフィアが北部を含む各地に存在しているとあり、それは事実ですが、しかし、イタリアのマフィアと言えばまずは「シチリア・マフィア」のことであり、ごく狭い地域に端を発していながらイタリア全土の国民の生活、そして何よりイタリア国政にこれほど多大な影響を与えた犯罪組織はいまだに出現していません。

読みやすいながらも中身がぎっしり詰まったこの本の魅力をお伝えするために少しだけ引用してみましょう。

一八六一年に近代国家を樹立したイタリアは、その国家権力・警察権力の弱体化もあって、独立あるいは自治を、また土地を要求して、統一後も騒擾状況をしばしば作り出していたシチリアを「従順にしておく」必要から、シチリア社会を実質的に支配していたマフィアを利用した。
(「第一章 マフィアの誕生」、p.43)

ナヴァーラに代表される伝統的マフィアは、農村社会で水源をおさえて農地への水の配分によって利益をあげてきただけに、用水ダムの建設はその利権を失うものとして反対した。他方、リッジオに代表される新興マフィアはその用水ダム建設の請負工事で見込まれる莫大な利益をあてこんで、それに賛成した。その対立の背景には、尊敬と名誉を重んじる「古い」伝統的マフィアと、力をもって富だけを求める「新しい」新興マフィアの抜き差しならない確執があった。この対立は血による解決しかなかった。
(「第五章 企業家としてのマフィア」、p.213)

面白そうでしょ?(田中)

 

 

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