前回に引き続き、イタリアではコロナがかなり抑えられていて、「ホワイトゾーン」が拡大していくよ、という記事(現在ではすでにヴァッレダオスタ以外はホワイトゾーンになっている)から。今回はさっそく文体テーマから行きましょう!
取り上げているのはla RepubblicaのColori delle Regioni, Rt a 0,68, incidenza a 25. Da lunedì altri 30 milioni di italiani in zona biancaという記事ですが、その中の小見出しの1つにこうあります。
NON ABBASSARE LA GUARDIA
(ガードは下げないで=油断は禁物)
不思議といえば不思議です。今回はこの「否定の命令文」についてご解説いただきましょう。
そもそも「否定」というのはシンプルなようでいて突っ込めば突っ込むほど複雑で、言語学では統語論・形態論・語用論など色々な観点から幅広く研究されているトピックです。否定命令文については、よく考えてみると通常の命令文(「ガードを下げろ」)と違って単に命令するだけではなくて、典型的にはこの命令なしでは起こるであろう事態(ガードが下がること)を話し手が想定していることや、それに対して否定的な評価をしていることをついでに伝えてきているわけですよね。
イタリア語の命令文を習うとき、国光くんが言ってくれているように、なぜか二人称単数の否定命令文だけ不定詞の形を使いますという風に言われます。今回は、これを別の視点から見直してみます。具体的には、イタリア語の命令文に使われる動詞の形には二種類あるということと、否定命令文を作ることができるかどうかは人称や数というよりもこの種類の差に起因しているらしいということを見てみたいと思います。
命令文に使われる動詞の形には二種類ある
まず、命令法というのは他の法と同様に動詞を人称と数に合わせて変化させて作るわけですが、この時に二人称単数だけ少し特別なことをしています。何をしているかというと、命令法の時にしか使われない形を使っているんですね。具体的に、今回の文でも出てきたabbassareの命令法の活用を見てみます。
一人称単数:(なし)
二人称単数:abbassa!
三人称単数:abbassi!(←接続法現在)
一人称複数:abbassiamo!(←直説法現在)
二人称複数:abbassate!(←直説法現在)
三人称複数:abbassino!(←接続法現在)
こうして見ると、本当に「専用の形」があるのは二人称単数だけです。それ以外の命令法の形はすべて、直説法か接続法の時と同じ形をしているのですね。abbassaのような命令法専用の形のことをtrue imperative、abbassiのような他の法と同じ形をしているものをsuppletive imperativeと言ったりします。
実は、true imperativeの前にはnonのような否定を表す語(否定辞)をつけることができません。これがなぜなのかについては議論が専門的になりすぎるのと、統一された見解があるとは言いがたいので省きますが、これはロマンス語一般の特徴です。前に否定辞をつけて否定することができるのは、suppletive imperativeだけなのです。ちなみに、日本語も同じ特徴を共有していますね。命令文専用の形である「しろ」とか「行け」には否定辞をつけることができず、「するな」とか「行くな」みたいに別の用途の時と同じ形を使う必要があります。同様に、イタリア語でもtrue imperativeであるabbassaには否定辞がつけられないので、不定詞と同じ形のabbassareで”supply”、すなわち「補充」しているのですね。
このことを知ると「二人称単数の否定命令文だけ形が変わる」というよりはむしろ、「二人称単数の命令文でだけその時専用の形を使っている」という事実が重要であることがわかりますね。また、これがロマンス語一般の特徴であるということは言語学者が発見したわけですが、その過程ではイタリアで話される諸方言の観察が大きな役割を果たしています。イタリア語だけを見ていてもわからないことが見えてくるのは、方言学やロマンス語学の面白さですね。
今回の参照文献
Zanuttini, Raffaella. 1994. “Speculations on Negative Imperatives.” Rivista Di Linguistica 6 (1): 67–89.
【+α】2021年6月のイタリア
イタリアはワクチン接種を急ピッチで進めると共に、この記事にもあるように急激に改善している状況を背景に各種の規制を段階的に緩めています。6月28日には、特に混雑していない屋外でのマスク着用の義務が撤廃されました。規制の解除を始めた頃には慎重論もあったのですが、実際に解除されていっても感染状況が改善し続けていることもあって、現在のイタリアはかなり楽観的・希望的な雰囲気が支配的ですね。
といっても、特に変異株をはじめとして危機が完全に去ったわけではないというのも事実です。先日はミラノのジムでデルタ変異株のクラスターが発生したりしました。イタリアは夏に向けて、観光客を日本を含む外国から積極的に呼び入れようとしています。在住者の一人としては、夏が終わって感染者が急増してしまった去年の二の舞にならないように祈りたいと思います。(土肥)
Image by https://megapixel.click – betexion – photos for free from Pixabay