前回に引き続きジル・バイデン氏についての記事から。同じ引用箇所を再掲します。
La stessa Jill Biden, in diverse interviste, prima che il marito fosse eletto, ha sempre detto che avrebbe continuato a lavorare. “Insegnare non è quello che faccio. È quello che sono”, ha twittato lo scorso agosto prima di un discorso alla convention democratica.
(ANSA, 12 novembre 2020)
[訳]ジル・バイデン本人は、複数のインタビューで、夫が(大統領に)選出される前から、仕事は続けるつもりだとつねづね言っていた。「教えることは私が(ただ仕事として)やっていることではありません。私の生き方そのものなのです」と、彼女は民主党の党大会での演説に先立つ先の8月にツイートしていた。
特にイレギュラーな用例ではなさそうですが、土肥くんに解説してもらいます。
イタリア語ではconcordanza dei tempi、もしくはラテン語でconsecutio temporumと言います。文の中に主節と従属節がある時に、それぞれの節が表す時の関係性に関わる規則の総称ですね。もちろんかなり広範なテーマなので全て扱いきるのは早々に諦めることにして、今回は基本的な概念をいくつか見てみたいと思います。以下では、時間軸における特定のポイントのことを「時点」、現在形・近過去形・未来形のような時を表す動詞の活用のことを「時制」と呼ぶことにします。
時制の一致に関わる三つの「時点」
まず、主節と従属節のある文には基準となる時点が三つあることを見てみます。第一に発話の時点、第二に主節の時点、第三に従属節の時点です。次の例文を考えてみましょう。
Penso che fosse molto stanco.
(彼は)すごく疲れていたんだと思う。
「発話の時点」というのは、ある文が口に出して言われた(あるいは、書かれた)時点という意味での「今」のことです。主節の時点は主節(の動詞)が表す出来事が起こっている時点のことで、この例文では話し手が口に出しているのと同じ時に「思って」いるので、発話の時点と同時ですね。こうして考えると、主節の時制は発話の時点と主節の時点の関係によって決まっているのだと言えます。ここでは「今」である発話の時点と主節の時点が同時なので、現在形が使われています。
次に、従属節の時点は従属節(の動詞)が表す出来事が起こっている時点です。上の例文では、従属節は「彼が疲れていた」という発話の時点より前の出来事を表しています。ここでは接続法半過去が使われていますが、接続法なのは動詞pensareに導かれた従属節だからで、時制は半過去ですね。
さて、こうして見ると「時制の一致」というのはこれら三つの時点の関係性に関する規則の総称なわけです。発話の時点がその定義上「現在」しかありえないことを考えても、主節の時点と従属節の時点それぞれに「現在」「過去」「未来」があって、さらに「過去」と一口に言ってもいろんな種類があって、実際に動詞の形を決めるには法もあって……と、時制の一致はそのイメージ通り、かなりの強敵ですね。
時制の一致は常に気にしなくてはいけないわけではない
従属節の時制は、主節の時点と従属節の時点の関係で決まります。具体的には、主節の時点に対して従属節の時点が時間的に「前」のことである場合、「同時」である場合、「後」である場合の三つに分かれます。ここで、「時制の一致が起こる」というのを「主節と従属節が特定の前後関係にあることを、特定の時制を使って表すこと」だと考えてみます。そう考えると、実は時制の一致が起こるのは全体の半分程度のケースです。時制の一致が起こらない場合に従属節の時制がどうやって決まるのかというと、主節であった場合と同様に、発話の時点との前後関係で決まります。
主節の時点\従属節の時点 | 主節の時点より前 | 主節の時点より後 | 主節の時点と同時 |
現在 | × | × | × |
過去 | ○ | ○ | ○ |
未来 | ○ | × | ○ |
個別のケースについて紹介するのは次回以降にするとして、今回の記事に出てきた文をもう一度見てみます。
Ha sempre detto che avrebbe continuato a lavorare.
仕事は続けるつもりだと言っていた。
主節の時点が発話の時点よりも前なので、主節には近過去形が使われています。これに対して、ジル・バイデン氏が「仕事を続ける」のは、インタビューで「言った」のよりも後ですよね。主節の時点が過去かつ従属節の時点が主節の時点より後なので、上の表を見てみると、時制の一致が起こるケースというわけです。この場合、条件法過去の形が従属節と主節の前後関係を示しています。
時制の一致は本当に複雑な規則の集まりで、たとえば今回のように「主節が過去、従属節がそれより後」のケースだけでも主節が接続法を導く動詞を使っていたら……だとか従属節の時点が発話の時点よりさらに後だったら……など、細かい規則が山盛りです。一方で、いろいろと勉強していくと、これらのルールに例外は極めて少ないことがわかってきます。丸覚えしてしまえばネイティブだろうが非ネイティブだろうが関係ないので、前回の接続法同様に学習者としてはありがたいといえばありがたいですね。まあ、時制の一致は規則の数も膨大なので、接続法のように「お得」とはいかないのですが。
【参考文献】
この記事の例文は、Giampaolo Salvi & Laura Vanelli著「Nuova grammatica italiana」(Il Mulino)pp. 261-266から引用しています。
【+α】イタリア語の文法書
この記事は、上にも参考文献として挙げたNuova grammatica italianaという文法書を参照して書いてみました。この文法書はイタリア語学を大学で学ぶイタリア人学生向けに書かれたもので、イタリア語学を専門にしたい学生の方にはぜひ読んでほしい良書です。またイタリア語の文法書といえばLorenzo Renziほか編「Grande grammatica italiana di consultazione」(Il Mulino)です。ちなみにnuova grammaticaというのはこのgrande grammaticaを下敷きにした「新しい」文法書であるところからきています。
一方で、これらの文法書はイタリア語で書いてあるというところも含めてちょっとハードルが高いという人もいるかもしれません。残念ながら日本語で参照できて中級レベル以上の人が使えるイタリア語の文法書というのはまだ存在しないのですが、言語学者が書いている学習書はびっくりするくらい細かい文法規則にも言及してくれていることがあるので、疑問がある場合には見てみるといいかもしれません。長神悟著「イタリア語のABC」(白水社)、菅田茂昭著「超入門イタリア語」(大学書林)などです。また、イタリア語とよく似た文法体系を持ったロマンス語の仲間であるフランス語やスペイン語などは、文法に関する本もイタリア語とは比べ物にならないくらいたくさん出ています。もちろん全てがイタリア語に適用できるわけではないですが、そちらを調べてみると、イタリア語の文法を理解するのに役立つかもしれません。たとえば、白水社の「中級フランス語」シリーズなど。
最後に、イタリア語の文法書にチャレンジしたいけれど大学で読むような重厚なものはちょっと……という方の一冊目におすすめしたいのがGiuseppe Patota著「Grammatica di riferimento dell’italiano contemporaneo」(Garzanti Linguistica)です。イタリア語で書かれたものの中では平易で読みやすいので、辞書をひきながら読んでみるといいと思います。(土肥)
[第5回]ジル・バイデン、初の「仕事を続けるファーストレディーに」①/接続法
[引用元記事]Jill Biden sarà la prima First Lady a continuare a lavorare