当コーナー「半径二メートルの世界から抜け出すために」では、一見自分からは遠い、でも確かにつながっている誰か、どこかの出来事を中心に取り上げようと思っている。初回の今回は、日本でもなじみ深い「トマト缶」について考えてみたい。
料理で重宝するトマト缶
私は料理によくトマト缶を使う。トマト🍅は結構高いし(今年は野菜が安いので話が別だけれど)、普通のトマト缶なら一缶100円前後でどこででも買うことができる。私の好きなドラマ「きのう何食べた?」(同名の漫画が原作)では、主人公のゲイカップルのうち弁護士のシロさんの料理シーンがいつも魅力的なのだが、その中で鶏肉のトマト煮込みをつくる回がある。西島秀俊演じるシロさんがトマト缶の半分をタッパーに移して半分をフライパンに入れ、空の缶に水を入れてからフライパンに投入するというシーンがある。これを見た時「こうすれば缶にへばりついたトマトが無駄にならないのか」と感嘆したものだった。煮込み料理はあまり作ったことはないけれど、ホットクックで無水カレーやトマトと豆のスープをつくるときに、私もトマト缶を使うことが多い。
さて、トマトそのものは熊本県産のものをよく見るが、トマト缶の原材料の産地はどこか。スーパーなどで手軽に買えるトマト缶について少し調べてみた。キッコーマンの「デルモンテ 完熟ホールトマト/カットトマト」シリーズのトマトはイタリア産、「デルモンテ 完熟ホールトマト」紙パック版だけはなぜかポルトガル産。カルディで時々買う「ラ・プレッツィオーザ ホールトマト缶/ダイストマト缶」のトマトもイタリア産。トマト缶ではないが、カゴメの「カゴメトマトジュース 食塩無添加」の原材料であるトマトの産地は、季節によって違うということでアメリカ、ウクライナ、オーストラリア、スペイン、チリ、トルコ、日本、ポルトガルと多くの国にわたっている。ちなみに「カゴメトマトジュースプレミアム」のトマトは国産オンリーである。
グローバル化の闇
なぜトマト缶についてこんなに熱心に語るかというと、興味深い新聞記事を読んだからだ。朝日新聞デジタルの連載「共生のSDGs コロナの先の2030」第13回の2020年12月15日付の記事「トマト缶なぜ100円台で買える? 農業仕切るマフィア」(有料会員記事)を読んだからだ。マフィアと言えばイタリアだけれど、でもトマト缶?
記事の概略はこうである。イタリアに吹き荒れるコロナウイルスの猛威で、農場の移民労働者が苦しい立場に追い込まれている。農場では感染防止対策もろくにとられず、非人道的な労働環境にある。なぜ移民労働者が低賃金で過酷な労働を強いられているかというと、農家が積極的に少しでも安い労働力を求めているから。なぜ農家が賃金を下げることにそんなに必死かというと、例えばイタリアのラティーナ県というところでは農作物の流通の一部をマフィアが仕切っており、農家から農作物を安く買いたたくからだという。そうしてマフィアが安く仕入れたトマトが世界各国へ輸出され、缶詰として売られているのだ。同記事では、難民を多く受け入れているオーストラリアですらも、コロナ禍で難民を支える余裕がない様子を紹介している。
つまり、私たちが「このトマト缶は安いけどイタリア産だから安心ね」などと言って使っているその中身は、「右目が黄色く濁っているが、農場主の許しがないため医療施設に行けない」インド人労働者や最低賃金の半額以下で働く過酷な状況下で自殺した移民労働者の犠牲の上に成り立っている(かもしれない)のである。まさにグローバル化の闇という感じ。